IDaaS(Identity as a Service)とは、クラウド上でID・パスワードを一元管理し、複数のサービスに対する認証やアクセス制御を実現する仕組みです。シングルサインオン(SSO)などの機能を提供し、業務効率の向上とセキュリティ強化に貢献します。
従来のID管理手法では、セキュリティリスクの増加や運用負荷の高さが課題となっており、新たな管理の仕組みが求められるようになりました。
そうした背景から注目を集めているのがIDaaSです。本記事ではIDaaSの基本概念から導入によるメリット、選定時のポイントを解説します。
IDaaSの基礎知識
IDaaSの基本概念と注目される背景について見ていきましょう。
IDaaSとは? Identity as a Serviceの意味と概要
IDaaSは「Identity as a Service」の略称で、「アイダース」または「アイディーアース」と読みます。これは、ID管理に関する機能をクラウド上で提供するサービスの総称です。
従来オンプレミスで構築・運用されてきたID管理システムを、クラウドサービスとして提供する形態であり、SaaSの一種として位置づけられます。企業は自社でシステムを構築することなく、クラウド上でユーザーIDやアクセス権限を一元管理できます。
IDaaSが注目される背景
IDaaSが注目される背景には、企業のIT環境が大きく変化していることが関係しています。かつては社内システム中心だったID管理も、現在では複数のSaaSアプリケーションを活用するのが当たり前になりました。それぞれに異なったID・パスワードが必要となることで、管理の煩雑さが増しています。
加えて、リモートワークの普及によって社外からのアクセスが常態化し、従来の「境界で守る」セキュリティモデルでは対応が難しくなってきました。
さらに広く使われてきたActive Directory(AD)も、オンプレミス向けに最適化されています。クラウド連携やモバイル対応には追加構成が必要となり、管理負担が高まっています。こうした課題に対応する新たな選択肢として、IDaaSが注目されていると言えるでしょう。
IDaaSの主要機能
IDaaSは、ID管理を効率化し、セキュリティを強化するための多彩な機能を提供します。中でも、以下の3つが代表的な機能です。
認証シングルサインオン(SSO)機能
IDaaSの主要機能のひとつがシングルサインオン(SSO)です。1回の認証で複数のサービスやアプリケーションにアクセスできる仕組みで、SAML認証やフォームベース認証などの標準的なプロトコルに対応しています。
ユーザーは最初に認証を行えば、その後は各サービスへ自動的にログインが可能です。都度パスワードを入力する必要がなくなるため、ユーザビリティが向上し業務効率改善につながります。
多要素認証(MFA)とセキュリティ強化
IDaaSは、多要素認証(MFA)を通じて、従来のID・パスワードだけでは防ぎきれなかった不正アクセスを防止します。
指紋や顔認証といった生体認証、ワンタイムパスワード(OTP)、SMS認証など複数の認証要素を組み合わせることで、なりすましリスクを大幅に低減できます。
さらに、ユーザーの行動や接続環境に応じて認証レベルを自動で調整できる「リスクベース認証」や、ユーザーの行動パターンをもとに認証手段を柔軟に切り替える「アダプティブ認証」に対応。ユーザー行動や接続環境に応じて、必要な認証レベルを動的に切り替えることも可能です。
ID管理・プロビジョニング機能
IDaaSでは、ユーザー情報の一元管理と、各システムへのアカウント同期を自動化できます。たとえば人事システムと連携すれば、新入社員のアカウント作成から、異動時の権限変更、退職時のアカウント削除まで、ユーザーのライフサイクル管理を効率的に行えるでしょう。
また、アクセス権限の自動付与・削除により、組織変更にも柔軟に対応できます。監査ログの取得やアクセスの可視化によって、誰が・いつ・どのシステムにアクセスしたかを追跡でき、セキュリティ監査やコンプライアンス対応にも役立ちます。
IDaaS導入のメリット
IDaaSを導入することで企業が得られる主なメリットは以下の通りです。
運用管理の負荷を軽減できる
複数のシステムでバラバラに行っていたID管理を、IDaaSによって一元化することで、IT部門の管理負荷を大幅に軽減できます。アカウントの作成・削除・権限変更といった定型作業も自動化されるため、作業ミスの防止や対応時間の短縮につながるでしょう。
特に、数千人規模のユーザーを抱える大企業では、IDライフサイクル管理の効率化により、運用全体のコストと人的負担が大きく削減されます。
セキュリティレベルが向上する
多要素認証やリスクベース認証の導入により、従来のパスワード認証では防ぎきれなかった不正アクセスのリスクを低減できます。IDaaSでは全社共通のセキュリティポリシーを適用できるため、統一的かつ強固なセキュリティ運用を実現できるでしょう。
また、アクセス権限の可視化によって不要な権限の早期発見・是正が可能となり、内部不正のリスク軽減にもつながります。
業務効率化につながる
シングルサインオン(SSO)により、ユーザーは複数のシステムを一度の認証で利用できるようになり、ログイン作業の手間が省けます。業務の中断が減りパスワード忘れによるトラブルも軽減されます。
IDaaS導入の注意点
IDaaS導入前の注意すべきポイントも押さえておきましょう。
トラブルが発生すると復旧に時間がかかる
IDaaSはクラウドサービスのため、障害が発生した際は自社で直接対応できず、復旧はベンダー任せになります。その間業務に影響が出るリスクもあるため、SLA(サービス品質保証)の内容を事前に確認することが欠かせません。
あわせて、障害発生時に自動で予備システムに切り替わるフェイルオーバーやバックアップ体制が整っているか、災害時の対応策が確保されているかもチェックしておく必要があります。
パスワードの漏えいに注意する必要がある
IDaaSでは1つのIDで複数のサービスにアクセスするため、マスターパスワードが漏えいした場合のリスクが大きくなります。このため多要素認証の導入や、定期的なパスワード更新、ユーザー教育の徹底が不可欠です。
特に、管理者アカウントについては「最小権限の原則」を守り、過剰なアクセス権が付与されないように注意することが求められます。不正アクセスの早期検知のため、ログイン履歴の監視やアクセス異常の検出機能を活用し、万が一に備えて迅速なパスワード変更やアカウント停止ができる体制を整えておきましょう。
関連記事:パスワード管理の重要性とは?情報漏洩による損害とパスワードの安全な管理方法を解説
導入・運用コストが発生する
IDaaSには初期導入費用に加え、ユーザー数や機能に応じた月額費用などのランニングコストが発生します。コストだけに注目するのではなく、管理工数削減やセキュリティ強化によるリスク低減の効果も含めて、ROI(投資対効果)を総合的に評価することが大切です。
また、将来的なユーザー数増加や機能拡張に伴うコスト変動も考慮に入れ、長期的な予算計画を立てることが重要です。ベンダーの料金体系や契約条件を確認し、予想外のコスト増加を避けるための対策も検討しておきましょう。
ユーザーの使い勝手や管理者の負担にも配慮が必要
IDaaSを導入すると、社員のログイン方法や業務フローがこれまでと変わるため、一時的に混乱が起きる可能性があります。
たとえば、シングルサインオン(SSO)によって複数のサービスにまとめてログインできるようになり利便性は向上しますが、新しい認証画面の操作に戸惑う人が出たり、一部のアプリでログインに時間がかかるなどのトラブルが起きることもあります。
こうした事態を避けるためにも、いきなり全社導入するのではなく、一部の部署などで先にテスト導入を行い、実際の使い勝手を確認しておくことが大切です。
また、システム管理者側にも新しい業務が増えます。たとえば、
- 社員のアカウントを作成・削除する作業(プロビジョニング)
- アプリごとのアクセス権限設定
- ログイン履歴や不審なアクセスログ確認
といったセキュリティ管理や運用タスクを新たに担う必要があります。
そのため現在の体制で対応できるか、業務を任せられる人材がいるか、必要に応じて研修や業務フローの見直しが必要かどうかを検討しておきましょう。
IDaaS選定時の重要ポイント
数あるIDaaSサービスの中から自社に最適なものを選ぶためには、以下の3つのポイントを意識することが大切です。
セキュリティ認証(SOC認定など)の確認
IDaaSベンダーを比較する際は、セキュリティ認証の取得状況を確認しましょう。クラウドサービスの信頼性を客観的にあらわす国際基準であるSOC認定を受けているか、ISO27001、プライバシーマークなどの第三者認証を取得しているかなどを確認することが重要です。
特に金融機関や医療機関など規制が厳しい業界では、業界固有の認証要件にも対応しているかを見極めることも欠かせません。
関連記事:SOC(Security Operations Center)とは?主な機能や役割、構築から運用体制まで解説
既存システムとの連携性・互換性
既存システムと問題なく連携できるかどうか導入前にチェックしておきましょう。基幹業務システムやクラウドサービスとの連携性、API仕様やプロトコルの適合性などを確認しておくことで、導入後のトラブルを回避できます。
ベンダーの信頼性と継続性
IDaaSは企業インフラの中核を担うため、ベンダーの信頼性と事業継続性を慎重に評価する必要があります。将来的な製品アップデートの方向性も確認しつつ、長期的に信頼できるかを見極めましょう。データ移行のしやすさや他サービスへの乗り換え可否も考慮しておくことが大切です。
まとめ
IDaaSは、複雑化するID管理を効率化し、セキュリティを強化するための重要なソリューションです。SSOや多要素認証、自動プロビジョニングといった機能により、運用負荷の軽減と業務効率化が実現できます。
一方で、クラウド特有の障害リスクや継続的なコストが発生する点には注意が必要です。セキュリティ認証の有無、既存システムとの連携性、ベンダーの信頼性といった要素を十分に検討してから導入しましょう。
この記事の執筆者

ICT事業部 ネットワーク&セキュリティ推進本部
若園 直子
サイバーセキュリティのマーケティング担当。
専門的な内容でも、読者にとって親しみやすく、実践につながる形で伝えることを大切にしています。