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みなさま、ごきげんよう。永瀬です。
クラウドインフラの性能を語るとき、私たちはどうしても「CPUのクロック周波数」や「ストレージのI/O」に目を奪われがちです。しかし、実際に大規模な基幹システムをクラウドへ移行しようとすると、最もエンジニアを悩ませるのは、目に見えない「ネットワークの揺らぎ」だったりします。
「昨日は速かったのに、今日はなぜかパケットが詰まる」
「検証環境では完璧だったのに、本番環境に載せた途端、数ミリ秒の遅延が牙を剥く」
こうした「不確実性」の正体を探っていくと、最終的にはネットワークの「物理的な形状」に突き当たります。今回は、OCI の安定性を支えている「スパイン&リーフ」というアーキテクチャについて、少し掘り下げてみたいと思います。
※※※※ 2025年12月現在の情報です ※※※※
目次
1. 階層の呪縛から、フラットな純粋さへ
従来のクラウドネットワークの多くは、インターネット初期から続く「3階層(コア・集約・アクセス)」構造をベースに設計されてきました。これは、トラフィックが主に外(インターネット)から内へ流れる「南北方向の通信」を前提とした、非常に効率的なツリー構造です。
しかし、現代のクラウドネイティブなワークロードや基幹DBの同期、HPC(並列計算)などは、サーバー同士が横に繋がり合う「東西方向の通信」がメインです。階層構造において「横」への通信を行おうとすると、データは一度上位のスイッチへ昇り、集約ポイントを経てまた降りてくる必要があります。この「集約」こそが渋滞の火種となります。

これに対し、OCIが採用している「スパイン&リーフ」は、極めてフラットなメッシュ構造です。全てのリーフ(末端スイッチ)が、全てのスパイン(背骨スイッチ)と網目状に繋がっています。階層を排除し、構造を「純粋」に保つことで、ボトルネックという概念そのものを設計レベルで消し込んでいるのです。
2. 「2ホップ」という距離の定数
スパイン&リーフのアーキテクチャが生み出す最大の恩恵は、「距離の一定化」です。
OCIのリージョン内であれば、どのサーバー同士が通信しても、経由するスイッチは常に「リーフ→スパイン→リーフ」の最大2ホップで完結します。これは、ネットワーク性能の「予測可能性」が極めて高いことを意味します。

エンジニアにとって、遅延が「1ミリ秒」であることより、「常に1ミリ秒であり続ける」ことの方が重要である場合があります。通信経路が動的に変わる、あるいは混雑によってホップ数や待ち時間が変動する環境では、アプリケーション側の再試行ロジックやタイムアウト設計に不確実性が紛れ込むからです。物理的な距離が「定数」であることは、インフラの信頼性を担保する上での強力な武器になります。
3. 非オーバーサブスクライブがもたらす「専用車線」
もう一つの重要な観点が、スイッチにおける帯域の収容設計です。
一般的なクラウドやデータセンターでは、コスト効率を高めるために、複数のサーバーからの入力帯域の合計よりも、上位スイッチへの出力帯域を少なく設計する「オーバーサブスクライブ(過剰収容)」が一般的です。これは、「全てのサーバーが同時に最大帯域を使うことはないだろう」という確率論に基づいた設計です。しかし、誰かが大量の通信を行えば、当然のごとく他のユーザーの通信が「巻き添え」を食って遅延します。これがいわゆる「Noisy Neighbor(うるさい隣人)」問題の一因です。

これに対し、OCIのネットワークは「非オーバーサブスクライブ」、つまりサーバー側の帯域合計と、上位スパインスイッチへの帯域を物理的に1:1で確保する設計を貫いています。これは、確率論に頼らず、物理的な「専用車線」を用意するアプローチです。隣接する他のシステムがどれほど高負荷なバッチ処理を走らせていても、あなたのシステムの通信帯域は物理的に確保されており、影響を受けることはありません。この「詰め込まない贅沢さ」こそが、ミッションクリティカルなシステムに求められる安定感の正体です。
【まとめ】
「クラウドだから物理層は意識しなくていい」と考えがちですが、安定した性能を支えているのは、やはりこうした堅実な物理構造です。
スパイン&リーフというフラットな構成と、帯域を出し惜しみしない非オーバーサブスクライブの設計。こうした「物理レイヤーの設計思想」を知っておくことは、単なるスペック比較以上の納得感を、エンジニアにもたらしてくれるはずです。
ネットワークの揺らぎに左右されない、安定したシステムを構築するためのヒントになれば幸いです。
今回はここまで。
また次回まで、みなさまごきげんよう。
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著者紹介
先端技術統括部
DXコンサルティング部 デジタルイノベーション課
永瀬 晋作
みなさま、ごきげんよう。
